仙台蕃岩出山支藩主 伊達邦直公は、明治維新戊辰の役(1868年)で朝敵として敗れ、新天地を求めるため蝦夷地開発を決心し、明治3年5月9日空知の土地踏查のため石狩川を舟でのぼり、現在の道々奈井江浦臼線の吾妻橋の南200m地点に上陸し、この地に境界標を立てました。
5日間の調査の結果、土地柄としては肥沃の地ではあるが、石狩川河口より遠く水路を運輸するには困難であると判断し、この地の開拓をあきらめ当別に入植しました。
この石碑は、奈井江川築堤工事にともない昭和49年5月に町開基85同年、開町30高年記念事業として現在地に建てられたものです。
説明パネルより引用
平成2年9月 開基100年記念事業の一環として、奈井江町・奈井江町教育委員会によって建てられた地碑です。
施設情報
住所 | 奈井江町奈井江 |